石田旭山印刷から『スクリーン』へ

銅版画から写真へ

SCREENの歴史は1868年、銅版画家の石田才次郎が創業した石版印刷所・石田旭山印刷に始まります。才次郎の後を継いだ石田敬三は、日本の印刷技術向上のため、写真原稿や絵画の印刷に用いられ、当時欧米からの輸入に頼っていた「写真製版用網目スクリーン」の国産化に挑みます。地道な研究のすえ特許を取得した敬三は、1937年に石田旭山印刷のガラススクリーン研究部門を「大日本スクリーン製造所」として独立させ、翌38年に国産第1号となる角型ガラススクリーンの製造に成功します。この製造所が、のちの大日本スクリーン製造株式会社(以下、SCREEN)、そして現在のSCREENグループの直接の源流となりました。

1868 銅版画家・石田才次郎により石田旭山印刷所創業
1918 才次郎の後を継いだ石田敬三(後の大日本スクリーン製造所・初代社長)の研究のもと「石版転写用透明膜凸版」こと「石田式フイルム版」を製造、特許を取得
1934 石田旭山印刷株式会社(現・写真化学)設立
「写真製版用網目スクリーンの蝕刻法」の特許を取得、写真製版用ガラススクリーンの国産化に成功
1937 石田旭山印刷のガラススクリーン研究部門を独立させ「大日本スクリーン製造所」を設置
1943 分離・法人化によって大日本スクリーン製造株式会社を設立
初代社長に石田敬三が就任