半導体洗浄時におけるナノ構造物の倒壊メカニズムを解明
~倒壊挙動の解明により、半導体のさらなる微細化・高集積化に寄与~
ポイント
- 半導体からナノ構造物を切り出し、溶液セル透過型電子顕微鏡で観察する手法を開発。
- 液体の蒸発によるナノ構造物の倒壊挙動を捉えることに成功。
- 半導体のさらなる高集積化へつながることに期待。
概要
北海道大学低温科学研究所の木村勇気准教授らの研究グループと、株式会社SCREENホールディングス(以下、SCREEN)は、半導体洗浄時のナノ構造物の倒壊挙動を明らかにしました。 半導体洗浄時のナノ構造物の倒壊は、液体の表面張力により引き起こされることが分かっていましたが、液体によるナノ構造物の倒壊挙動を断面方向から観察した例はありませんでした。 本研究では、集積イオンビーム装置により半導体表面に加工したナノ構造物を切り出して、洗浄工程で主に使用される2-プロパノール(IPA)とともに液体観察用試料ホルダー内に封入する手法を開発しました。これにより、透過型電子顕微鏡によるナノ構造物の倒壊挙動を観察することに成功しました。これは、半導体のナノ構造物の倒壊挙動を評価する手法を確立するとともに、半導体のさらなる微細化につながると期待される成果です。 なお、本研究成果は、2022年6月22日(水)公開のACS Applied Nano Materials誌に掲載されました。 |

奥のピラーの多くは独立しているのに対して、手前のピラーは表面張力でくっついて四本一組になり、倒壊している。
【背景】
近年、半導体の微細化のペースが鈍化し、ムーアの法則*1との乖離が大きくなっています。微細化のペースが鈍化している理由は様々ですが、その理由の一つに半導体洗浄工程におけるナノ構造物の倒壊現象が挙げられます。半導体の洗浄工程では液体を使用するため、洗浄後は必ずウェハー*2を乾燥する必要がありますが、この乾燥工程で、半導体のナノ構造物が倒壊する現象が問題になっています。
ナノ構造物が倒壊する原因は、液体の表面張力であることが分かっています。液体は表面張力により表面積を小さくしようとする性質を持っており、ナノ構造物に付着した液体が乾燥する際に、液体が持つ表面張力が影響を及ぼすことにより、ナノ構造物は倒壊します。これまでナノ構造物の倒壊は、洗浄液を低表面張力の液体である2-プロパノール(IPA)に置換してからウェハーを乾燥することで防がれてきました。しかし、7 nmや5 nmといったシングルナノオーダーの製造プロセスでは、IPAを使った洗浄でもその倒壊を防ぐことが難しくなってきており、表面張力が小さい液体で洗浄・乾燥する方法には限界が近づいています。
一方、ナノ構造物の倒壊挙動を直接観察した例は少なく、その動的挙動は不明な点が多いのが現状です。従って、今後さらに微細化かつ脆弱化する次世代の半導体製造プロセスにおいて、適応可能な乾燥方法を開発するためには、ナノ構造物の倒壊挙動を評価する手法を確立する必要があります。
【研究手法】
研究グループでは、上記背景を踏まえ、半導体洗浄装置メーカーであるSCREENと共同で、ナノ構造物が液体の蒸発時に倒壊する挙動を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察する手法を開発しました。TEMで試料を観察するためには、試料を高真空環境である試料室に入れる必要があります。液体を観察する場合は電子ビームを透過しやすい特殊な薄膜で構成された溶液セルの中に液体を封入し、試料室の高真空環境と液体を薄膜で隔てた状態で観察します。今回の共同研究では、乾燥過程で壊れるほど繊細な半導体基板表面に形成したナノ構造物を集積イオンビーム装置により切り出して、液体(IPA)と共に溶液セル内に封入することで、液体中のナノ構造物を観察しました。
【研究成果】
溶液セル内にナノ構造物(シリコンナノピラー)とIPAを封入した後、TEMで観察しながらIPAを蒸発させることで、ナノピラーが倒壊する挙動を観察することに成功しました(図1)。観察の結果、ナノ構造物はIPAがメニスカスを形成した直後から変位し始め、IPAの気液界面の変動に伴ってナノ構造物が変位することが明らかになりました。これらの結果は、ナノ構造物の倒壊は液体の表面張力により引き起こされるという従来から主張されていたモデルの妥当性を裏付ける結果です。またナノピラー近傍からIPAが乾燥するまでの過程を観察することにも成功し、従来不明確であったナノピラーが倒壊してからIPAが乾燥するまでの動的挙動も明らかになりました。これにより、ナノピラーの倒壊は、図1に示すようにナノピラー間に残る水によりナノピラー同士が付着し乾燥時に先端部に残る液だまりがナノピラー同士を接着させる、二段階のプロセスで起こることが分かりました。
【今後への期待】
半導体のナノ構造物は微細化と三次元化が進んでおり、今後も構造の脆弱化と複雑化が進むと予想されます。この変化に伴い製造プロセスにおける課題も増加すると考えられ、これらの課題解決策である観察技術が半導体の進化にとってますます重要となります。今回の共同研究で開発した観察手法は、従来では見ることができなかった複雑なナノ構造物を液中で観察することができるため、半導体製造プロセスの課題の解決に役立つことが期待されます。
論文情報
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【参考図】

まず蒸発が早く進むことで液面のより下がったナノピラー間に働く力によりナノピラー同士が付着する(上)。その後、乾燥が進むと最後に先端部に残る液だまりがナノピラー同士を接着させる(下)この二つのプロセスによりシリコンナノピラーは倒壊する。
【用語解説】
*1 ムーアの法則 … | 半導体の集積率が18か月で2倍になるという法則のこと。米インテル社の創設者の一人であるゴードン・ムーアが1965年に提唱した。 |
*2 ウェハー … | 半導体素子製造用の材料。高純度に管理された単結晶シリコンなどを円盤状に加工したもの。 |
本件についてのお問い合わせ先
北海道大学低温科学研究所 准教授 木村 勇気(きむら ゆうき)
Tel: 011-706-7666 Fax: 011-706-7666
E-mail:ykimura@lowtem.hokudai.ac.jp
URL: http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/astro/ykimura/index.html
株式会社SCREENホールディングス 広報・IR室 広報部
Tel: 075-414-7131 URL: www.screen.co.jp/contact/info
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