★図4
『学問のすゝめ』初版の題簽……周囲の花形を含めて活字版。
   特に木活字版の場合に多いのですが,摺っているうちに,「ここは誤植だから直そう」とか「ここをちょっと直そう」と,活字を差し替えていき,場合によっては次の行まで異同が生じるケースがあります。これを「異植字版」と言います。異植字版というのは大変多くて,実は大抵の木活字版には異植字版が見つかります。また『学問のすゝめ』初版の題簽[★図4]も活字版で,書名の周囲を飾り罫で囲んでいるのですが,この囲み罫の花形活字にも二種類あるようです。なおこの花形は確実に金属活字だろうと思います。一方,「異版」という言葉がありますけれども,版自体が違っているのを異版や別版と言います。例えば元祿に出た本の版木を保管してあるとします。それを元治年間に出し直す時に奥付を変えたいということで,版木の一部を鋸で切りまして新しい刊行年月日の入った整版ブロックを埋め込んだりします。そういうふうに一寸であっても再版の時に何かいじってある本,これを「後修本」と言います。再版時に本の題名も変えてしまうのを「外題替え後修本」と言います。
 初版がオリジナルで,一番最初に出た本そのものです。「覆刻」とは基本的には被せ彫りを指します。被せ彫りというのはどういうことかというと,例えば整版なり活字版なりの印刷物それ自体を版下にします。それを裏返しにして版木に接着してそれで一枚板の整版を彫ってしまう。これを「おっかぶせ」あるいは「覆刻」と呼びます。それから,もう一つオフセットやコロタイプなどですけれども,稀覯本なんかのそれぞれのページの写真を撮ってそれを複製していく。これを影印本とも申しますが,この両者を合わせて覆刻と言います。つまり原型を保ったまま再刊することが覆刻です。では,原型と変わったらどうなるか。これを「飜刻」とか「飜印」と言うわけです。図書学の研究者ならば覆刻と飜刻をごっちゃにして「復刻」などという語を用いることはありません。福沢諭吉・小幡篤次郎の『学問のすゝめ』は初版の次に,おっかぶせによる整版本も出ました。こういうふうに,異版というのは何かとややこしいものです。
 活字版は文祿・慶長から切れ目なしにずっと摺られ続けてきました,そのうち大体江戸時代の頭の半世紀ぐらい,慶安くらいまでの数百点を古活字版といい,混在期を経て,安永あたりからこちらのものを近世活字版といいます。近世活字版は千数百標目が知られています。古活字版の殆どは木活字版ですが,キリシタン版の多くや駿河版などには鋳造活字が用いられました。キリシタン版は天正遣欧使節の持帰った機材を用い,ヨーロッパ滞在中に印刷術を学んだコンスタン・ドゥラード(日本名不明)という人物が中心になって開版されたもので,西洋式の鋳造活字が用いられたと思われます。徳川家康が開版した駿河版に用いられた活字は銅製で,『大蔵一覧集』『群書治要』という大冊二標目に用いられました。駿河版銅活字は凸版印刷が所蔵する重要文化財です。朝鮮銅活字の影響という説もありますが,朝鮮活字のような板状の活字ではなく相当の高さを持つ活字の形状から,本邦ではむしろキリシタン版からの影響を考える意見の方が有力です。古活字版には書物美の頂点とも申すべき嵯峨本各種をはじめとして美しい本がいくつもあります。それら古活字版の組版相をご覧下さい[★図5-17]。
★図5(左)
キリシタン版『ばうちずもの授けやう』一オ……文祿2(1593)年刊。鋳造活字版。天理大学附属天理図書館蔵。『天理図書館善本叢書 和書之部第三十八巻 きりしたん版集 一』(天理大学 出版部〔八木書店発売〕、昭和51年5月)より引用。

★図6(右)
キリシタン版『ぎやどぺかどる』……慶長4(1599)年刊。和文標題紙。鋳造活字版。天理大学附属天理図書館蔵。『天理図書館善本叢書 和書之部第三十八巻 きりしたん版集 一』 (天理大学出版部 〔八木書店発売〕、昭和51年5月)より引用。
 
     
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