次もやはり東校官版ですが,『虎烈剌論』[★図32・33]。石黒忠篤という,明治の医学界の大立者ですが,彼が若い時分に書きました本です。東校の活版本の中では一番よく古書市場に流通する標目でして数万円以下で買える可能性があります。
 一番珍しくて高価なのは『リユンドルペスト説』[★図34]でして,これは整版の表紙を入れてもわずか五丁ばかりで紙縒〈こより〉綴の片々たるパンフレットなのですが,これが始めて出てきた時には,私は古書肆に18万円也を払ったことがあります。しかし,まことに悔しいことに昨年,小宮山博史さんが3,500円で古本屋の目録に載っているのを見つけられました。それを含めて,今,私が知っている限りで3冊の現存が確認されています。昔の開成所――幕府の洋学系教育機関であります蕃書調所を洋書調所に変え,次は開成所と名前が変わります――から受け継いだ活版印刷機等が東校にはあったといわれています。東校官版中の活版本がその印刷機で刷られたものかというと,非常に微妙です。和紙をつかって片面刷り,袋綴じ,四つ目の線装なんですね。半紙本の一丁と言えば結構大きなものです。それをプレスにかけて,和紙を使って,ここまでムラなく刷れるかというと,多分無理だろうと嘉瑞工房の高岡重蔵さんがおっしゃっておられました。そうしますと,整版のように馬楝で刷ったか,足踏みで均等に圧を加えていったかの,どちらかだと思います。インクと紙質の相性もうまく行っているようで,一番ムラが目立つのは『リユンドルペスト説』ですが他の本は非常に印刷状態が良いと思います。
★図32
大学東校版『虎烈剌論』……四周双辺。半紙本。恐らく明治4(1871)年刊。
     
 
     
★図33
半紙本の大学東校活版本の奥附……整版(右)。
 
     
★図34
大学東校版『リユンドルペスト説』……半紙本。紙縒綴。版心下部「東校官版」,表紙裏の朱印は「大学東/校官版/局之印」(右)。
 
     
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