洋学系のお役所が出している様々な飜刻洋書に対して,民間で,自分で活字を作って活版を組んでみようということを考える人が江戸にも出てきました。その人たちの仕事が何種類かあるんですが,そのうちのひとつで「八王子秋山版」と称されるものがあります。これは秋山佐蔵と,もう一人青木芳齋という人,芳齋は一時秋山姓を名乗りますけれども,この二人が,通称「濟生三方」,Enchiridion medicum, Handleiding tot de geneeskundige praktijk...,通称「シキート」,Voorsehrift motrent de wapens, de munitie en de schitoefeningen... と,先ほど長崎版でご紹介しました「フォルクスナチュールクンデ」,Volks-natuurkunde. の別の飜刻版,その3冊を出していますが,どれも安政5(1858)年の発行ではないかと言われています。次の図版は秋山版の「シキート」[★図40]で,蟲蝕が甚だしいのは和紙をつかっているためでしょうか。佐蔵の子孫に秋山練造という方がおられ,自分の家にこういう資料が残っているということを戦前の『中外医事新報』という,医療関係の業界誌に書かれました。そこから秋山版の存在がだんだんと明らかになってきました。
 秋山版の他にもこうした民間版の飜刻洋書がいくつかありまして,あとは中津藩士の,福沢諭吉の『福翁自伝』に出てきますけれども岡見彦三という人物,その人が作りました岡見彦三版,これは早稲田大学図書館の洋学文庫に1冊だけ残されています。高野彰さんが,日本で飜刻された欧文印刷物の活字の特徴を,この活字のここの形がこうなっているのは××版の特徴だという具合に,分類のメルクマールを非常にきちんと整理して提出されたのですが,その指標のどれにもひっかかってくれず,素性が知られない,そういう飜刻洋書資料もいくつかあります。
 通称「ガラムマチカ」,Grammatica of nederduitsche spraakkust... という,オランダ語の学習書として当時貴重だと思われていた本ですが,この本に遣われている活字を高野さんのメルクマールに当てはめていくと,どれとも違うということになってしまいます。何年か前の七夕入札会に1冊出ていまして,カタログには安政5(1858)年刊とされていましたが,どういう典拠に基づいた情報なのかは分かりません。
   
★図40
秋山版 Voorsehrift motrent de wapens, de munitie en de schitoefeningen...
 
     
     
    page1234567891011121314151617181920212223242526