長崎版の四点目になりますのが通称「フォルクスナチュールクンデ」,Volks-natuurkunde. です。安政5(1858)年に長崎で印刷したという刊記があります。「フォルクスナチュールクンデ」という本は,この長崎版だけじゃなくて何回か出されていますが,このイタリック活字もおそらくは国産だろうと思われます。こういう欧文組版をまず最初に長崎の印刷所で日本人達が始めたわけです。
 なお,嘉永年間に本木昌造が活版で50部ほど活版本を作ったという伝説がありますが,資料的裏付けは全くありません。
 1858年,長崎版刊行開始から2年経ったところで,出島にインデルマウルという職人が来て,オランダの活字を用い,オランダの機材をきちんと使って,欧文の印刷物を出し始めます。これが出島版と言われるものです。図版は出島版の「トラクタート」(Traktaat.)[★図36],通称「日蘭条約書」です。出島版の組版というのは非常に綺麗でして,幕末の欧文の飜刻活版印刷物にはいろいろな種類があるんですけれども,出島版が最も綺麗な版相をしていると思います。当然ながらベースラインの乱れなどありません。
 この出島版が出始めるのにやや先だって,江戸で本格的に欧文印刷物の飜刻が開始されます。それが,蕃書調所版―洋書調所版―開成所版と言われる一連の,数十点に及ぶ,というか,研究者が少ないために今もって総標目数がまだ定かになっていないような膨大な飜刻洋書が出されるわけです。次の画像が蕃書調所版の最初の出版物で,安政4(1857)年に刊行された通称「レースブック」(Leesboak voor de scholen van het nederlandsche leger.)[★図37]です。訳題の題簽は「西洋武功美談和蘭文」。
これはオランダから齎された欧文活字を主体として,足りない活字を山本勘右衛門という職人が作り,組んでいったということになっています。長崎版と比べますと,ずっときちんとしているんですけれども,それほど良いものではありません。こうした幕府の洋学系機関による飜刻洋書には刊記がありません。オリジナルの標題紙の内容をそのまんま刷っただけです。ですから遣われている活字でもってオリジナルのオランダ版なのか日本の飜刻版かというのを決めていかないといけませんし,関連記録類から刊年を推定していく必要があります。
   
★図36
出島版 Traktaat.
 
     
 
★図37
蕃書調所版 Leesboak voor de scholen van het nederlandsche leger.
 
     
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