川畑▲ ただ、1917年にこれの増補版がでているんです。ということは当時から、それなりに評価されていたのかもしれませんね。
小宮山さん、大正元年の時点で、活字の世界と比べてどうなんでしょうか? 長体、平体、斜体と取り組んでいたという点とか……。
小宮山■ 横を太くして縦を細くする方法は、ファンテール[★図6]に近いから以前からあったはずです。
川畑▲ 長体で描いたということは、活字化されることを念頭に描かれたものではないということですよね。
小宮山■ 長体というのは、たぶん横組みを意識しているというか、横方向への意識が強いんじゃないかな。当時から日本の活字は平体が主流ですよ、横に対して縦が三分の二とかね、それは確実に縦組みを意識しているからでしょう。たぶんこの時代の活字横組みで、欧米から直接影響を受けた事例はほとんどいないと思いますけど、そんななかで横組みを意識していたところはおもしろいですね。イタリックというのは海外の状態をみれば当然でてきますよね。これも欧文書体の影響とみるべきでしょうね。
     

★図6…ファンテール(Fantail)明治36(1903)年刊行の総合見本帳『東京築地活版製造所活版見本』に収録されている「フワンテール」書体。制作時期と書体名の由来ははっきりしないが、Fantail(孔雀バト)の尾の形に似ていることからの命名であろう。現在この書体名を使っているのは写研の写植書体「石井ファンテール(BF)」で、昭和13年制作と『文字に生きる〈写研50年の歩み〉』にある。ちなみに昭和13年は築地活版が解散した年である。

 
     
☆註4…清水正己「象徴としての広告に於ける絵画と文字」、『日本印刷界』第87号、1917年1月。

☆註五…組版の輪郭や内側を飾る装飾活字(border)。コーナーに使う装飾活字(角花)や、連続して組み合わせて使われるものがある。装飾的なダッシュはオーナメント(ornamental dash)という。明治・大正・昭和の活字総合見本帳の大部分は花形やオーナメント、電気銅版と題された装飾画で占められており、その比重は文字活字の見本をしのぐ。
   すごいなと思うのは、通常、活字書体帳を見るのは印刷関係者だけで、一般の人はなかなか接する機会がない。まして欧文書体の活字見本帳となるとほとんど別世界の代物ですよね。そうした状況のなかでこういうことを意識したというのは、それなりに意味があるのではないでしょうか。
川畑▲ そんなに印刷業界を意識してたのかな? もっと引札(チラシ)などの実務的な広告活動とか店舗装飾の需要と直結していた気もしますけど。『広告世界』の筆者は一商店主で、自身の商売のために描き文字のサンプリングをやってたわけですよね。実際の描き文字の需要はもっと広くて、活字業界よりも経済界の意識がどんどん高まっていたと捉えることはできないでしょうか。
小宮山■ 『広告世界』の筆者は横浜の人でしょ? 外国の商社がたくさんあった時代ですから。
川畑▲ ところが、内容は日本の書体が豊富だというところがミソで。一商店主が自社の広告をつくるというレベルで、書体に注意を払っているということが注目すべき点ですよね。記事にでてくるんだけど、自分の店の引札をつくる際に描き文字のサンプル帳を用意しておくと、引札屋さんがすぐに理解してくれて便利よ、といってるんです。実際、ものすごく特殊な集め方をしたという気配もない。新聞や雑誌からスクラップしてみたら、意外にいろんな文字の姿がありましたという程度なんです。
平野● まあ、日本語だから読めるわけ。読めるから商品名と描き文字のデザインが結びついているんじゃないの。ここに描き文字の神髄みたいのがあってさ、外国の文字を見ているだけでは意味が通じないわけ、形だけはわかるけど。“粉白粉(こなおしろい)”なんて、ああそうだよなーというニュアンスが受け取れたんじゃないかな。
川畑▲ 1910年代半ばになると、商標に独自の描き文字、いわゆるロゴタイプを使いましょうという意見がではじめます。同時に、慎重論もでるんですけど。
 大正から昭和にかけて、商店経営研究の第一人者として活躍した清水正己(1888〜1954)という人がいるんですが、彼なんかは、描き文字を使いすぎると失敗するというんです(笑)。だから使いすぎないように注意しろという指摘してるんです[☆註4]。
平野● わかるね。この『広告世界』なんかみてもあまり描き文字は載ってないね。罫ばっかり。
川畑▲ 1910年代から30年代の広告業界誌の口絵は、切り取ってそのまま使えるというのが売りものだったんです。コピーフリーで、商店名さえ入れればきれいな広告が簡単にできます、だから雑誌を買って下さいという仕掛けなんです。20年代に入ると「夏の大売り出し」みたいに、どんな業種の商店でも使えるフレーズの描き文字が掲載されるようになるんです。同時に現在の広告みたいに、欧文をそのまま用いたものも徐々に増えてきますけどね。
小宮山■ 明治以降、各活字鋳造所から「花形」[☆註5・★図7]がものすごく大量に発売されいていました。それを買って使うというやり方がありましたよね。
川畑▲ そうそう、それと同じですね。清水正己の場合は、欧米の広告表現を基本に考えていたので、イラストレーションとコピーライティングによる広告表現を重視するんです。だから描き文字よりも、イラストレーションやコピーライティングに金かけろという方針で、凝った描き文字を描いても、読めなきゃしょうがないと主張する。
 つまり平野さんが現実に直面している問題、編集者から指摘される問題と同じですよね(笑)。
平野● このへんからだんだん、そういうイヤな人が出てきたんだ(笑)。
     
★図7…大阪活版製造所『活版花形見本』(年代不詳)より。114頁の中に1027種が収録されている。  
     
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