★図20-1…清水音羽『包装図案と意匠文字』(江月書院出版部、1927年)より「ペン文字」
  川畑▲ 矢島については後でもう一度触れるとして、同じく大阪で活躍した清水音羽の『包装図案と意匠文字』[★図20](1927年)に移りましょう。
 この描き文字集のおもしろいところは、自分の描いた描き文字に書体名をつけていることです。音羽明朝、怒明朝、化粧品文字、キネマ題字、キネマカナ文字、キネマ角ゴヂック、キネマ丸ゴヂック、キネマ横文字……と。
平野● 命名しているの?
川畑▲ すべてに書体名がついてます。おそらく自分で命名したんでしょうね。なかには“ペン文字”みたいな一般的な名称もありますけど。このペン文字は、さっき見てもらった和田斐太の骨格とよく似ていますね、影響があるのかな。
平野● これはカリグラフィ用のペン?
川畑▲ こんなに太いのはないんじゃないかと。この打ち込みで、この幅があるということは……
平野● 平筆かな。
川畑▲ ペンの雰囲気だけとった気がしますけど。
平野● 縦線が全部揃っているところはペン描きっぽいよね。
川畑▲ この人の最大の失敗は、春の文字、夏の文字……と季節ごとの書体をつくったことかな(一同笑)。全然、春っぽくないんです。夏の文字は涼しげにしようとアウトラインを使ってるんですが、春と秋とどう違うんだといわれると微妙ですね。こちらも最悪の部類ですね、構成派、未来派。まったくそう見えない。
平野● まあ未来派はけっこういいじゃない。
川畑▲ じつはこの本は、映画広告と関連づけて語られるんです。1923年、大阪に松竹座が開場して以降、映画広告特有の描き文字が流行するんですが、この本にはその流行が顕著にあらわれているんです。キネマ題字、キネマカナ文字、キネマ角ゴヂック、キネマ丸ゴヂック、キネマ横文字……と。考えてみると、寄席と「びら文字」(「寄席文字」の源流)、歌舞伎と「勘亭流」、相撲と「根岸流」のように、日本では興行とひとつの書風が結びついてきましたよね。だから映画の場合もそういう感覚に近かったのかもしれませんね。そう考えると、この本はかなり実用性を意識していたのかもしれませんね。
平野● ちょっと商売っ気が強いね。だけど縦に描くとうまいね。
小宮山■ 揃えていこうとすれば、いろんなパーツをつくらなくちゃいけない。たいへんだったろうなと思いますよ。
川畑▲ 清水音羽は、藤原太一と矢島周一の中間ぐらいのポジションですね。各々の描き文字に書体名をつけて、書体開発をしているふりをしているけど、矢島の域には達していない。実態としてはサンプリングしたソースを上手に展開しているだけで、どこまでオリジナリティがあるかといわれると微妙ですね。たとえば「化粧品文字」頁に「クラブ字」というのがありますが、これは明らかにクラブ化粧品のロゴを展開したものですしね。
平野● ちょっと中途半端だね。やはり矢島周一のほうが上手かな。
     

★図20-2…清水音羽『包装図案と意匠文字』(江月書院出版部、1927年)より「キネマ題字」「キネマカナ文字」

 
     

★図20-3…清水音羽『包装図案と意匠文字』(江月書院出版部、1927年)より

左より
「秋の文字」
「夏の文字」
「春の文字」
「化粧品文字(クラブ字)」

 
     
左より
「未来派」
「構成派」
「秋の文字」
 
     
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