☆註6…小室信蔵(1870〜1922) 明治・大正期の図案教育者。秋田県生まれ。一八九七年、東京・蔵前の東京高等工業学校工業教員養成所工業図案科に第一期生として入学、1900年卒。同校の助教授を経て、1908年から、愛知県立工業学校教諭および名古屋高等工業学校講師を務めた。おもに執筆活動で、揺籃期の日本図案界に貢献した教育者。主著に『一般図案法』(丸善、1909年)、『図案の意匠資料』(丸善、1921年)などがある。
☆註7…古田達賛(立次)(1885〜没年不詳) デザイナー。岡山県生まれ。1908年、東京美術学校図案科卒。白木屋呉服店図案部、日本紙器意匠部、岡山商品陳列所などを経て、1926年に「古田アルデバラン図案社」を設立。また同年結成された商業美術家協会に参加し、濱田増治とともに同協会の中心的な役割を果たした。 古田は描き文字に関しても積極的に発言、主な論文に「本邦在来の書体より最近の新書体迄」(『実用図案文字集』現代商業美術全集第15巻、アルス、1930年)、「文字図案法」(『平面図案法』図案新技法講座3、アトリエ社、1932年)などがある。なお日本美術学校での活動については、同校教授の肩書きで参加した1936年の座談会で、こう発言している。 「私共の学校〔日本美術学校〕では来年から文字を書く科といふのを特別に設けて、生徒に文字の研究をさせて行くことになつてゐます。日本にも自分の個性を少しも加へないで、此方の意志通りに忠実に描くことの出来る技術者(ドラフト)を養成したいですね」(座談会「図案印刷の諸問題」、『印刷と広告』第3巻第6号、1936年7月)。

★図9
右上「西洋文字の描き方」
右下「日本文字の描き方」
(以上2点『商業美術教本』1934年版上巻より)
左上「文字の適合」
左下「文字の図案」
(以上2点『商業美術教本』1936年版入門用より)

 

  小宮山■ これを見ると、たしかにありますね。さっき川畑さんがいったとおり、全体の傾向としては省略をうまく使ってますね。
川畑▲ この人はとくにその傾向が強いと思いますね。日本の図案教育で用いられる“便化”というか……。
小宮山■ その“便化”というのがよく判らないんだ。言葉の感じからすると省略化、定型化かなという察しはつくけど。
川畑▲ 平野さんの世代は学校で習いましたよね。
平野● 大学の入試問題にも出ましたよ。果物がならんでいます、これを便化しなさい、便化でスケッチしなさい。デッサンのようにリアルに描くんじゃなくて、図案的に単純化して描いていく……。
川畑▲ 省略、単純化しつつかたちを整える。「便宜的転化」の略といわれてますね。
小宮山■ いつぐらいから使われたのですか?
川畑▲ 基本的には文様史で使われてきた用語ですよね。たしか、明治から大正初期に活躍した図案教育者・小室信蔵[☆註6]の著書『一般図案法』(丸善、1909年)にもでてたと思うから、日本の図案教育の根幹となった概念といってもいいでしょう。1960年代末ぐらいまでは大学のデザイン教育でも採用していたはずですよ。
平野● 歌舞伎の舞台の背景画とか、能舞台の鏡板の松、単純化された梅の花や雲の描き方……みんな便化です。
小宮山■ そうすると、いわゆる文様史の流れが文字のデザインにも入っていた。それとこの描き文字のデザイナーというか、描き手との関係は?
川畑▲ まだこの頃だと、現場のたたき上げの方がおおいですね。1930年代になると、河野鷹思さんのように、図案教育の最高学府・東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業して、第一線で活躍する人もでてくるけど。
 描き文字を専門教育として本格的に教えようとしたのは、1930年代後半くらいからですよね。詳しくはわからないんですが、日本美術学校で古田達賛[☆註7]らが……。
平野● ひんしゅく買っただろうなあ。
川畑▲ いやいや、そうでもないと思いますよ。
 ちょっとわき道にそれますけど、実業学校・商業学校では、すでに描き文字教育が実践されていたんですよ。当時の生徒たちの大半は大学に行かないで、卒業すると地元の商店に就職する。するとウインドー・ディスプレイやちょっとしたポップぐらい描けないと……ということになる。そこで実業学校・商業学校の「商業美術」の授業では、デザインや描き文字を教えたんです。
 これが1930年代に使われていた「商業美術」の教科書です。濱田増治の『商業美術教本』(冨山房)で、1934年版では上巻17項「西洋文字の描き方」、上巻18項「日本文字の描き方」で、それぞれ欧文レタリングと描き文字を教えていますね。1936年版だと入門用8項「文字の適合」で描き文字を、入門用19項「文字の図案」で欧文レタリングを、という具合です。
小宮山■ まさにレタリング教育だね、これは。
平野● すごいね、ここまで教えてくれりゃね。学生時代、佐藤敬之輔先生はここまで教えてくれなかったね。似たのはあったけど(笑)。
小宮山■ どこに行っても申し訳ないと、亡師になりかわってあやまってます(笑)。

     
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