川畑▲ ここまではすべて大阪で活躍した描き手たちの描き文字集なんですけど、東京の動向もみておきたいと思います。描き文字の世界では“西高東低”というのが通説なんですが、果たして本当かという点も含めて……。
 東京の描き文字集の特徴は、ビジネスと直結した文字表現を模索している点です。どちらかというと大阪の描き文字集が作家主義なのに対して、東京のは実用書・ビジネス書という傾向が強い。あとでご覧いただく『現代広告字体撰集』の編著者・本松呉浪は雑誌『商店界』の編集者ですし、『広告文字書体大観』を編纂した井関経営研究所は、雑誌『実業界』の主幹で広告研究家としても有名だった井関十二郎(1872〜1932)が代表を務めています。ですから、作家主導ではなく、基本的に広告戦略や経営戦略を念頭においた描き文字のありかたが論じられています。
 たとえば『広告文字書体大観』では、「広告用変体文字の心理的効果」と題して、以下の6点を挙げています。
     
  (一)著しく他の広告より注意を惹く
(二)続いて興味を起さしめ注意を長くせしむ
(三)従つて広告面積の経済ともなる
(四)店により、品により、よく其の特性を表現す
(五)小広告には特に効果多し
(六)各種広告看板カード等利用多し
     
   

 このような視点からの分析は、大阪の描き文字集にはみられません。また本松呉浪の『現代広告字体撰集』はハウツー本のはしりで、さきほど紹介した“便化”を軸に、描き文字の描き方を解説しています。大阪の描き文字集には、どうやって描けばいいかというたぐいの話は一切できませんから、この点も東京の描き文字集の特徴といっていいですね。
 ここから、本松呉浪の『現代広告字体撰集』をみていきますが、この本は1926年2月の初版と28年2月の訂正増補版で、内容が異なります。理由は訂正増補版の序文に著わされています。

     
  本書の初版を出した頃は、あれでも字体を集めるのに大分苦心したものだが、今それを見ると汗が出るやうな所がある。それ程に2ケ年前には字体の、よく意匠を加味されたものは少なかったのであるが、今日は全く驚く程発展してゐる。
     

★図22…本松呉浪編著『現代広告字体撰集』(誠進堂、1926年)より

 

 わずか2年で、描き文字のおかれた状況がおおきく様変わりしたということです。当然、描き文字自体のスタイルも初版と訂正増補版ではおおきく変わっています。たとえば、同じテーマで描かれたこの頁……[★図21]
平野● ん、どっちかというと初版のほうが好みだよね。
実はこの初版の頁を、ボクは勝手に“平野さんのお父さんが描いた文字”と呼んでいます(笑)。なんとなく雰囲気が似てますよね。
平野● 訂正増補版のスタイルは、あまりにも見飽きたという感じだね。これはいいね、すごくいい[★図22]。初版の刊行は何年だっけ?
川畑▲ 1926年です。
平野● 表現主義の全盛期か!
川畑▲ 表現主義だけじゃなくて、築地小劇場、石井漠らのモダンバレエ、村山知義たちの「マヴォ」や「三科」など、日本の新興芸術運動が頂点を迎えた頃ですよね。
平野● モロだね。これはいいね。
川畑▲ でもこの一文字だけを切り抜いて、読めといったらむずかしいでしょうね。

     

★図21-2…本松呉浪編著『現代広告字体撰集』
(誠進堂、1926年)より

  ★図21-2…本松呉浪編著『現代広告字体撰集』訂正増補版
(誠進堂、1928年)より
     
 
     
    1234567891011121314151617181920