このような視点からの分析は、大阪の描き文字集にはみられません。また本松呉浪の『現代広告字体撰集』はハウツー本のはしりで、さきほど紹介した“便化”を軸に、描き文字の描き方を解説しています。大阪の描き文字集には、どうやって描けばいいかというたぐいの話は一切できませんから、この点も東京の描き文字集の特徴といっていいですね。 ここから、本松呉浪の『現代広告字体撰集』をみていきますが、この本は1926年2月の初版と28年2月の訂正増補版で、内容が異なります。理由は訂正増補版の序文に著わされています。
★図22…本松呉浪編著『現代広告字体撰集』(誠進堂、1926年)より
わずか2年で、描き文字のおかれた状況がおおきく様変わりしたということです。当然、描き文字自体のスタイルも初版と訂正増補版ではおおきく変わっています。たとえば、同じテーマで描かれたこの頁……[★図21]。 平野● ん、どっちかというと初版のほうが好みだよね。 実はこの初版の頁を、ボクは勝手に“平野さんのお父さんが描いた文字”と呼んでいます(笑)。なんとなく雰囲気が似てますよね。 平野● 訂正増補版のスタイルは、あまりにも見飽きたという感じだね。これはいいね、すごくいい[★図22]。初版の刊行は何年だっけ? 川畑▲ 1926年です。 平野● 表現主義の全盛期か! 川畑▲ 表現主義だけじゃなくて、築地小劇場、石井漠らのモダンバレエ、村山知義たちの「マヴォ」や「三科」など、日本の新興芸術運動が頂点を迎えた頃ですよね。 平野● モロだね。これはいいね。 川畑▲ でもこの一文字だけを切り抜いて、読めといったらむずかしいでしょうね。
★図21-2…本松呉浪編著『現代広告字体撰集』 (誠進堂、1926年)より