☆註8…藤原太一『絵を配した図案文字』(太鐙閣、1926年)巻末の広告より。   平野● この人、自分で描いているんだよね?
川畑▲ はい。当時の広告には、「独自の創造図案文字数千点に加ふるに既に他によつて造(つく)られた字体をも極めて広い範囲に亘(わた)つて取拾し、更に自家一流の描法を是れに施して自家函中の球を磨き上げてゐる」[☆註8]とありますから、文面どおりなら自作が中心で、他者のものを採録した場合も、独自のアレンジを加えたということです。
平野● 非常にうまいよね。バランス感覚、デッサン力が優れているね。
川畑▲ 藤原の描き文字からは、精度を高めようという意識が感じられます。それにくらべて矢島の『図案文字大観』は、数を揃えることに主眼があって、個々の形やフィニッシュは弱いかと……。
平野● そうだね、完成度は高いよね。これすごいね、一冊もらっていきたいぐらいだね。
おっ、これは分合活字の発想じゃないの。「食」(しょくへん)だから右側に包を描けば、「飽」になる……分合描き文字[★図12]
     
★図12…藤原太一『図案化せる実用文字』
(太鐙閣、1925年)より
 
     
★図13…藤原太一『図案化せる実用文字』(太鐙閣、1925年)より

  小宮山■ この本も版を重ねたの?
川畑▲ かなり。描き文字集の特徴は、ものすごく版を重ねるんですよ。やはり便利な実用書だったんでしょうね。
平野● ここにあるビットマップ・スタイルの描き文字[★図13]は珍しいよね……これ、ほらさっきのラクダのモモヒキ体[★図14]ね。これはいろんな人の描き文字集に出てくるんだよね。
川畑▲ ラクダのモモヒキ体(笑)。
平野● 足首がしまっている形、なんかあったかい味があって安心できる。
小宮山■ 楽だ体というか(笑)。
平野● ネタを明かすとね、この種の塗り残しね。これが意外と粋なものなんだよ。これをデジタルでやると一気にベタになっちゃうんだよね。むかし筆で描いていたときは、描いてる途中でいいなあと思いつつ、塗っちゃうんだ(笑)。止めるのは勇気がいるんだよね。
川畑▲ ラクダのモモヒキ体の影響で、これから平野さんの描き文字にも塗り残しが登場するとか(笑)。
小宮山■ 編集者がなにか忘れてませんかと(笑)。
平野● ベジエでやるのはむずかしいんだよ。
この人、相当うまいですね。この《草笛》[★図15]なんかね。完全に“描く”だよね、絵だもんね。それと都市名[★図15]を描いたのがあったね。おもしろいね。すごいよ。でもここまでウソつけないよ。
川畑▲ 長崎の長という字、ここまで抽象化するのは勇気がいる?
平野● 勇気がいるねえ。車窓から見た風景って感じがするよね。軽快だよね。これでちょっと太くしていけば、かなり違った雰囲気にもなっていくね
     
★図14…ラクダのモモヒキ体(下・右から3行目「世界の山水」)、藤原太一『図案化せる実用文字』(太鐙閣、1925年)より  
     
★図15(右)…藤原太一『図案化せる実用文字』(太鐙閣、1925年)より

★図16(左)…藤原太一『図案化せる実用文字』(太鐙閣、1925年)より
 
     
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