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初号につづく大きさの書体が「築地体三十五ポイント仮名」です。長くデザインの現場におられ、写植組版に慣れた方なら「おッ、YSEMだ!」と言われるかもしれません。写植の写研書体では「新聞特太明朝体」ですが、読売新聞をご購読の方は見出しをご覧下さい。この書体と同じですよね。YSEMの略は「読売新聞社使用エキストラボールドウエイト明朝体」でしょうか。「三十五ポイント」というサイズは新聞の本文活字の5.5倍に相当します。一般印刷用では1ポイント大きい36ポイント(角寸法12.65ミリ)がふつうのサイズです。36ポイントを1ポイント小さい活字サイズに鋳込んだものが新聞用ですが、字形は変わりません。確認したもっとも早い36ポイントの見本帳は大正8年改正と明記された東京築地活版製造所『三十六ポイント総数見本 全』です。この書体の出自も築地活版であることがわかります。 覆刻された35ポイント仮名は、昭和9年8月民友活字製造所が発行した『三十五ポイント見本帳』(図2)から起こしてありますが、初号同様民友社のオリジナルではありません(図3)。 この仮名書体の大きな特長は「線質の鋭さ」です。現行の書体の中でもこれほど鋼を曲げたような強いしかし心地よい線質を持つものはないようです。この見本帳に収録されている仮名書体は原寸手彫りの種字から鋳造されたものですが、これを覆刻するときに先ず問題となったのが「線質の鋭さ」の再現でした。『日本の活字書体名作精選』の9書体の復元作業は、まず資料と決めた当該書体をニコン万能投影機6C型を使って10倍あるいは20倍に拡大し、トレースします。このトレースを正確に2インチ(50.8ミリ)大に縮小し、私がいつも使っている2インチを40分割した方眼紙(原字用紙と言います。)にライトテーブルを使って鉛筆で正確に慎重にトレースします。本来は写真などを使って原資料から直接拡大すれば、字形だけでいえば狂いは少ないのですが、トレースを行うことで線の特長がある程度理解でき、墨入れのときの線の細太の関係を知ることができるためトレースをあえて行います。原字用紙にトレースするときインキのはみ出しや線の方向の乱れを修正することになりますが、トレースによる試行錯誤からあり得ない線と太さは理解できていますので、わりあい正確な復元が可能になると思っています。 活字は大きな力でプレスされ印刷されますので、どうしても活字そのものの表面の太さ大きさとは異なります。印刷されたものが正の姿であるとは言っても、あまりにも大きく違うところは解釈しなければなりません。それと先端部の太さの処理がどうなっているかも重要な要素になります。先端が太さを持たないゼロミリで終わるのか、あるいはすこし太さがあり結果として安定した落ち着いた雰囲気で終わるのかどうか。印刷機でプレスされれば細いところに大きな圧力が加わり太くなってしまいます。 彫り師達はこの太みを回避するために、繊細な調整を行っています。それはハライの先端に行くに従って種字表面をほんのわずかに低く作るのだそうです(水平ではなくわずかに傾斜を付ける)。そうすることで印刷機の圧力を一番最後にもっとも細いハライの先端に持ってくることができ、細い先端を表現できたといいます。この話は岩田母型製造所の社長を務められた高内一氏にうかがいました。 光源・レンズ・ネガフィルム状の文字盤・印画紙を使う手動写植は、どうしてもある一定の太さがなければ光が抜けていきませんので、ハライの先端をゼロにした場合は再現不可能となります。 デジタルフォントはこのような心配はなく、完全な再現は可能です。しかしここで問題がおきてきます。2インチの原字用紙上にトレースされた鉛筆書き原字に面相筆を使ってフリーハンドで墨入れしますが、彫刻された種字から鋳造された三十五ポイント仮名の特長である線質の鋭さを再現できるのかということです。わずかな線の引き違いも鋭さを削ぎ字形を狂わすもとになります。「彫る」ことで生れる線質と、「書く」ことで表現される線質は別ものです。今回の覆刻ではひらがなの線質の再現がもっとも難しいことでした。手書きされた原字はスキャニングののちAdobe Illustratorを使ってより整理されたデータに変換されましたので、手書きのときの不確実な曲線はなくなり、より原資料の線質に近づいたと思われますが、正直なところもう一歩という反省があり、自分の実力の限界を感じました。 この三十五ポイント仮名は、手書きと活字化という相反する要素の微妙なバランスの上に成立する優秀書体です。組み合わせる漢字書体は仮名に合わせてフトコロが少し狭く、線質やエレメントが鋭いものがよいかもしれません。漢字と仮名のウエイトを変えてもおもしろい組版ができるかもしれませんね。おもしろい組版ができたら、あるいはこの書体を使ったいい組版を見たらぜひお知らせください。 |
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■これまでの連載 →第1回 上海から明朝体活字がやってきた →第2回 四角のなかに押し込めること →第3回 ゴマンとある漢字 →第4回 長嶋茂雄の背番号は3 では「王」の背番号は |
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