そんなわけで、当時の私は輸出関係の仕事が多かったこともあって、文字数が少ないアルファベット圏のDTP処理をうらやましく思っていました。もちろん、当時とはくらべものにならないほど進化した今の日本語組版エンジンですら、まだまだ完全とは言えません。それは様々な文字の組合せを必要とする日本語固有の問題であり、文字がすべての状況でまんべんなく理想的な位置に納まる、あるいは対応できることは最終目標でしょう。
  しかし、本来の文字は自由でプロポーショナルなものであったはずです。もちろん、毛筆の日本語もプロポーショナルでした。そのため、前後関係の組み合わせは、利用する文字の数だけ必要となります。更に、同じ文字種でも前後関係で微妙に字形が異なってきたはずです。つまり、すべての文字に対して複数の字形と組み合わせ値(ペアカーニング値)を持たせることはやはり困難に近い状態でしょう。
平仮名や片仮名だけに絞ってみても、前後関係を考慮してそれぞれの文字に対していくつかの字形を用意し、漢字を含めたすべての文字との関係を考慮したペアカーニング値を持たせることを想像しただけでもかなり凹みます。ましてや、日本語の場合は縦書きでの表現もあり、単純に横と縦の分として更に2倍の情報量が必要となってしまいます。もちろん、縦書き専用字形という対処方法もありますが、結果として情報量が2倍となることに違いはありません。
 例えば、自動処理であっても縦書きと横書きとでは同じ文字送り量にもかかわらず見え方が異なってきます。これは、仮名のデザインが仮想ボディに対して縦方向の空きが少ないことも影響しています。同じ書体でも、縦書きと横書きで空き量が違ってきます。
そのため、OpenType時代となり、ページレイアウトソフトが進化していても、こだわりを持つデザイナーにとって状況に合わせて微調整する必要に迫られてきます。文字は生ものであり、デザインもまた生ものなのです。
 ただし、一般的に本文処理をすべて手詰めで微調整するということは、実質的には問題外となります。それは、どれだけ神経質に手詰めで微調整しても、表示サイズと禁則処理の強弱、あるいは行頭行末の行揃え位置の違いにより、調整を行なうことで改行位置が変わってしまうからです。
 私は輸出関係の仕事が多かったので、英、仏、独、西、日といった5か国語表記などを頻繁に処理していました。そのために、どうしても行揃えにはこだわりがあります。つまり、左揃え右成り行きという欧文の組版に慣れすぎてしまったのか、左右均等揃えには未だに違和感があります。どんなにきれいに設計されたフォントを使っても、左右均等揃えとすることで行調整が発生し、理想的な文字間の空き量から遠ざかっていくからです。
 もちろん、初期のDTPのことを考えれば面倒な処理ではないのは確かですが、その頃のDTP処理は、私にとって大嫌いな仕事のひとつでした。こだわりによる文字詰めを手動で行なうために、徹夜を繰り返す日々だったからです。当時は、それほど何もできない状況であったわけです。
 ですから、PageMaker 5.0あたりで、当時としてはかなり賢い文字組みエンジンが搭載されたのは大助かりでした。それをInDesignがとって代わり、現在では恐ろしくきれいな文字組みが、しかも自動で行なわれるようになりました。ですから、些細な部分にこだわりを持って、手詰めで処理しても処理結果は誤差の範囲になってしまいます。これは、日本語組版の王道が左右均等揃えであることに影響しています。
 もっとも、左右均等揃えは何がなんでもダメということではありません。あくまでもプロであれば文章内容により発生する読みやすさとデザインの美しさの違い、あるいは行毎に文字間が極端に変わってしまうといった疑問が生まれるというレベルの話です。
 もちろん、ひとつの基準だけで文字組み方法を評価してしまうことはできません。その文字組みは、全体のバランスを重視した組み方なのか、気持ちよく読んでもらうための組み方なのか、あるいは注目してもらうための組み方なのか。それにより、評価ポイントは大きく異なってしまいます。
 もちろん、今までは異端であった処理を取り入れてみるという試みは大切です。極端な話、本文文字はスミ版*が原則という考え方がありました。土壇場に修正が入っても、スミ版だけはストリップフィルム**で差し替えてしまえば修正は楽だったからです。現在はCTP***が主流となっており、データ修正を入稿後に行なうことは基本的になくなりました。ただし、その分データ処理中の校正及びデータ管理は厳密になってきています。そのため、校正がしっかりできていれば本文にシャドウが入っていても、グラデーションのかかった文字であっても問題はないわけです。更に印刷処理にオンデマンドという世界が加わったことにより、今まで以上にデザイナーの冒険は広がっています。例えば、手持ちのカラープリンタでの出力も広義的にはオンデマンド印刷だからです。
 そんな環境だからこそ、IllustratorやInDesignの文字組みエンジン、とりわけInDesignの強力なエンジンに基本的な本文処理は任せてしまってもいいでしょう。
【スミ版】スミ版とは一番的なカラー印刷で、CMYKの4色分解をした場合のK版のフィルムあるいは刷版を言う。正しくは墨版となるが、校正用紙に記載したときの可読性の関係でカナ表記とすることが一般的。ちなみにCはシアン(Cyan)、Mはマゼンタ(Maganta)、Yはイエロー(Yellow)、Kはブラック(blacK)を示す。K版のみ頭文字でないのは、RGBのブルーとの識別のため。

**【ストリップフィルム】のり付きの透明な製版用フィルム。既に見ることができなくなりつつある製版所にて、専門のオペレーターによりポジ状態のフィルム上で修正箇所に利用されていました。

***【CTP】「Computer To Plate」の略で、デジタルデータを正確に印刷へ反映するため、フィルム製作を省力し、直接、刷版(Plate)を作ることを指す。デジタルデータであっても、従来のように編集されたデジタルデータからフィルム出力後に面付け・校正・刷版焼付というアナログな製版工程を経て印刷するという工程からアナログ処理を省略することで、制作から製版までの流れで完全なデジタル処理を可能とし、精度の向上だけでなく、スピードアップとコストダウンにつながっている。
 
     
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