川畑▲ 佐藤敬之輔さんが提起された、ボディに設定した正円内に仮名をおさめるという方法論のことですね。現在、中学校の美術の教科書でも採用されています。実際はどうですかネ?
平野● まったく無意味でしょうねえ(一同笑)。
小宮山■ またまたお騒がせしてます(笑)。
 佐藤は、1954年刊行の『ひらがな上』(「文字のデザインシリーズ2」)で、朝日新聞の見出し用明朝体・ゴシック体ひらがなの分析結果を書いています。それによると「二重の円に内接させたところ、まことによく一定のルールにおさまった」、「円に内接させると、活字表面における字の位置も規格化されている」とあり、この結論をもって『日本字デザイン1』(「文字のデザインテキスト」)[★図24]のなかで「標準の明朝体を習うにはこのテキストのように円に内接した姿から始めるがよい」としています。しかしこれはどうも……。
 たしかにひらがなは円弧で描かれる文字ですから、仮想ボディのなかに、ある大きさの正円を描けばそのなかに収まり、結果として「一定のルール」らしきものが見つけられるかもしれません。佐藤がいう終筆の位置やカーブの張り出した部分や長い線の先端の揃いは、とりたてて円を意識したためではなく、原字用紙の方眼上の設定に導かれた結果でしょう。分析に使った朝日新聞の見出し用ひらがなは、4インチの原字用紙(101.4ミリ正方で、中を160分割した方眼紙)のなかでデザインされたはずです。そのなかに、仮名の最大枠と基準枠がデザイン規格として、あらかじめ設定されていたと思います。

     
★図24…正方形に内接する正円の中に仮名を書く課題。佐藤敬之輔『日本字デザイン1』(丸善、1975年第2版)より。同書の説明では正方形が仮想ボディなのか漢字の基準ワクか不明。円を消してみると重心の位置にばらつきがあるのがわかる。  
     
     佐藤が分析し、作図した円のなかで行なうひらがなデザインの致命的な欠陥は、文字の重心が揃わず、横組にすると文字が上下して、波打ってみえてしまうことです。たぶん佐藤が書体デザインの基本を熟知していなかったためだと思います。
 このころ佐藤は横組み仮名を模索していて、ラインシステムに沿った仮名を試みています。たぶん学校の授業でもラインを重視した仮名について教えていたと思いますが、仮名文字のデザインは焼き鳥とおなじで、串に大小のある肉が刺さっていると考えるとわかりやすい。串が重心を通るラインです。この重心を揃えることで文字の並びがよくみえるのが日本の活字書体の特徴で、伝統的な明朝体やゴシック体、楷書体はこれを決してはずさない。ぼく自身は大学などで佐藤の授業を受けたことはありませんが、晩年になって佐藤から学校で教えたことは間違っていたといわれて、「ええーっ!」と驚いたことがありました。教わった学生さんのうち何人かが、教えを固く守ってデザインしていたらどうしますかと聞きましたが、佐藤は笑って答えなかった。しかも、それがどの理論のことを言っていたのかも聞きそびれてしまった。それが悔やまれます。
川畑▲ 問題なのは、佐藤さんの理論を検証することなく、教科書に採用した人たちですよネ。デザイン界には不思議なところがあって、誰かがそれらしい理屈をいうと、なんの検証もなく信じてしまうところがある。お人好しの集まりなのかもしれないけど、悪しき風習ですね。この連載だって簡単に信じちゃいけない(笑)。
小宮山■ 矢島周一さん、ぜひお会いしたかったなあ。実は一度チャンスがあったんですよ、1975年に。そのころ、もっと興味もっていれば、大阪まで行って話を聞けたんですが。なにも知らなかったから。
 『図案文字の解剖』の仮名、これは簡単な円ですよ。雲型定規で描くともっと複雑な円弧になるのですけど、これは非常にかんたんに置き換えている。太さも形もだめですね、ムダな実験だったとしかいいようがない。カタカナをコンパスで描いた例は「カナモジカイ」にもありますよね、佐藤の存命中に、ミキイサムさんが手がけたものを見せてもらったことがあります。
当時はそれがよかったのでしょうか?
川畑▲ 思想的には最先端だったと思いますよ、近未来志向というか。描き文字だけじゃなく、建築やインテリアなどの分野でも、単純化というか幾何学的な方向に向かって進んでいたし、それが大量生産・大量消費の時代における非常に有効な解決手段として捉えられていた時代ですから。
平野● 実際、この手法で描こうとした人はいないだろうね。
川畑▲ 描いたら、途中で気づくんじゃないですか(笑)。予想以上の拒否反応なので、これはここまでにして。
     
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