デザインにおいては、素朴な疑問や、ちょっとした遊び心、「もしかしたら逆の設定にした方が面白いかもしれない」という発想は大切にするべきです。誰かが言ったから、「そのように感じる」あるいは「そのように感じると思い込まなくては」という結論を安易に導いてはいけません。あくまでも自分のセンスで感じ、結論を導き出さなくてはなりません。そして、その結論を自分の中の定番とせずに、それすらも疑問に感じる姿勢で、たえず色々な可能性と発想をひねり出す訓練が大切です。
 そんなわけで、私はタブーや正論破りを積極的に実験することが好きです。もちろん、それをやみくもに仕事に取り入れてしまうのは賢くありません。大切なのは実験と小出しの繰り返しです。つまり、少しずつ実験を繰り返し、あたりさわりのない部分で少しずつ実行に移してみるという流れです。
 アイデアは意外なところに転がっています。時にそれらは専門外の、それもまったく意味のないような世界にあったりするものです。コンピュータの前に座ってばかりいないで、外に出ることが大切です。そして、色々な刺激を体で感じることが重要です。そんなことの繰り返しで、何かのスイッチがオンになることがあります。
 たとえば、私はカーテン生地の模様から本文組みに長体や平体を使うことを思いつきました。ある日、突然閃いたという感じでしたが、そこに行き着くまでにはかなりの時間を要しました。それは、写植時代に埋め込まれてしまった長体や平体処理への固定概念が、大きな壁となって立ちはだかっていたからです。もっとも、イメージがわいたのは写植時代であり、そう簡単に実験ができる状況ではありませんでしたので、本格的な実験ができるようになったのは、デジタル化されてからのことです。
 写植時代の私は、横組み文章の場合には平体1程度に指定したほうが文字は正方形に見えるという視覚的な効果から、本文に対して平体1を指定することは多かったものの、それ以外の平体や長体指定をあまりやっていませんでした。それは、指定の種類がそれほど多くなかったからです。なにより、スペースの確保のために長体あるいは平体を指定するという固定概念に縛られていたことも大きく影響しています。また、横組み時の長体、縦組み時の平体指定には文字送り値を再計算しなくてはならないなど、面倒であったことも理由のひとつです。ちなみに、変形率1は90%、2は80%、3は70%、4は60%を意味していました。
 なお、写植の変形は小さい母字に対して蒲鉾型のレンズで行なっていましたので、デジタル処理のように単純に垂直比率や水平比率を変更するのとは異なり、仕上がりのエッジはそれほどきれいなものではありませんでした。そのため、変形率を大きくすることはできるだけ避けるような傾向がありました。
 具体的には、12Qで変形なしの正体指定であれば文字幅も12Qとなりますが、長体1なら12Qの文字幅は11Q(10.8)、長体2なら10Q(9.6)長体3なら9または8Q(8.4)長体4なら8または7Q(7.2)といった具合に、変形指定することは少しばかり面倒でした。なお、括弧内の数値は正確な計算値ですが、写植指定で小数点はあり得ませんので、適当に丸め込みを行なう必要がありました。また、長体4あるいは平体4という変形指定は可能にもかかわらず、写研の見本帳にサンプルが紹介されていないために、私はずいぶん長い間その指定ができないと思いこんでいました。
     
 
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