カーニング*の基本をグラフィックデザインの視点から整理し、文字間と行間について従来の王道とは異なる視点で整理してみてはどうでしょう。時にオートではなく手動で調整してみる事が大切です。
 写植全盛の時代を体験している私でも、当時の文字組みのすべてを写植に依存していたわけではありません。輸出関係のパッケージ等の仕事に多く関わっていたため、インレタ**やモンセン書体清刷集***が必需品でした。つまり、自分自身でカーニング処理を行なっていたわけです。製品ロゴタイプなどであれば完全な書き文字が鉄則ですから、クロッキー帳のスケッチからイメージを描き起こし、最後はロットリングで輪郭を描き、内側はマジックインキで塗りつぶすといった手順でした。
 もちろん、最初の頃は丁寧にポスターカラーや墨汁で塗りつぶしていましたが、ある時マンガ家の生原稿が、塗りつぶし部分に油性のマジックインクを使っていることを知り、その合理性を私も取り入れたというわけです。
 マジックインクを使うようになってからは、随分効率よく作業ができるようになりましたが、当然すべてを手書きすることは不可能ですので、サブキャッチの類はインレタやモンセン書体清刷集に随分助けられました。写植にはない書体が豊富という点も含めて。ただし、インレタの最大サイズは100ポイント程度、モンセンはそれを拡大印刷した200ポイント程度でしたので、ロットリングや面相筆でエッジを修正することが当然でした。少なくとも私の関わったデザイン会社やメーカーでは絶対に必要な処理でした。
 実はこの途方もない手作業の訓練により、細かいこだわりが生まれ、気が付けばカーニングの感覚が自然に身に付いていました。ただし、私はどちらかというと詰め過ぎの傾向が強いので、その点は今も常に注意深く処理を行なっています。ですから、今でも市販製品のパッケージの文字組み、とりわけ大きなサブキャッチなどのカーニングに気持ち悪い拒否反応を示してしまう事がよくあります。何でもかんでもソフトウェアの自動処理に任せっきりでは、プロとして失格でしょう。
 文字は文章として読むものなので、1文字拾ってきれいだから良い書体という断言はプロの言葉ではありません。どんなに著名な書道家が作成した書体であったとしても、全体のデザイン設計が行なわれていなければ、美しくも何ともありません。もちろん、デザインとはすべてが美しさを基準に組み立てられているわけではありませんが、文字の作り出す文章全体の美しさはその国の文化そのものと言ってもよいでしょう。
【トラッキング(tracking)】連続する文字の送り量を調整すること。

【カーニング(kerning)】隣り合う文字の間隔(送り量)を調整すること。
 
   
 

【図01】1980年6月1日発行の限定版モンセン欧文書体大字典(display faces)/嶋田出版。ただし購入したのは1985年頃。定価は25,000円で清刷集(25,000〜28,000円)とほぼ同額。ただしこちらは清刷集ではなく、モンセン清刷集の中から2,000書体を抜粋し、B5サイズに6書体を整理した見本帳。これをトレスープで複写して仕事に利用しているデザイン会社が多かったのが実情でした。

**【インレタ】今で言う転写シールあるいはタトゥーシールのように、文字をこすって台紙に転写してからトレスコープにて拡大縮小を行なって、紙焼きを作成していました。正式にはインスタントレタリングと言われていましたが、メーカーごとに微妙に表記が異なっていました。ちなみにインレタはレトラセットの製品名です。この手の転写シールは文字毎に転写位置のガイドがあり、初心者でもきれいな文字組みを行なうことができましたが、保存状態が悪いと転写しにくくなる欠点もありました。
使用頻度の多い書体は、購入直後にスノーマットなどの台紙にすべて転写してしまい、それをトレスコープにて紙焼きをして複製したものを、手貼りで組むという使い方をしていました。また、後年は安かろう悪かろうという製品が随分登場し、デザインの質に大きく影響していた時期もありました。今のように、どれだけ拡大縮小を行なってもシャープな文字が作成できる環境からは想像もできない世界でしたので、大きく使いたい場合は紙焼きを作成してからエッジをロットリングなどで調整することが当たり前でした。
***【モンセン書体清刷集】東京青山の嶋田洋書から販売されていた何冊にも分冊された書体清刷集で、黒本(計3冊すべて購入)、赤本(計14冊中の7冊購入)の2種類がありました。それぞれ若干のサイズ違いはありましたが、おおよそ1ページB4程度のサイズにアルファベットが200書体ほど印刷されていました。通常はトレスコープで紙焼きを作成してから文字組みを行なっていましたが、必要に応じて写植用のフィルムを取り寄せることも可能でしたので、デザイン会社には必ず常備されていました。当時の私も少しずつ買いだめしましたが、デジタル化の波にいち早くのってしまったために途中で買い足しをストップしてしまいました。なお、黒本、赤本の合計冊数は12年ほど前の状況で、現在は何冊リリースされているのかについて確認はできませんでした。
     
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